大魔王勅諭

 第〇〇紀△△年◇◇の月✕✕日

《現代語訳》

 勅諭

魔界は世々大魔王並びに魔王の統率し給ふ所にそある
昔"始まりの大魔王"躬つから魔界の兵ともを率ゐ六聖陣のものともを討ち払ひ、大魔王の高御座に即かせられて天下しろしめし給ひしより幾千幾万年を經ぬ
此間世の樣の移り換るに随ひて兵制の沿革も亦屢なりき古は大魔王又は魔王躬つから軍隊を率ゐ給ふ御制にて時ありては王后王太子の代らせ給ふこともありつれと大凡兵権を臣下に委ね給ふことはなかりき
中世に至りて文武の制度皆改革給ひ、兵制は整ひたれとも打續ける昇平に狃れて朝廷の政務も漸文弱に流れけれは兵農おのつから二に分れ古の徴兵はいつとなく壮兵の姿に變り遂に魔界は分裂せり
兵馬の權は一向に其魔王に歸し世の亂と共に政治の大權も亦其手に落ち凡幾百年の間大魔王たる者現れざる
世の樣の移り換りて斯なれるは人力もて挽回すへきにあらすとはいひなから且は魔界に戻り且は御先代の御制に背き奉り浅閒しき次第なりき
降りてザード王國其政衰へ、又ネロディオス覇王國其衰亡し、剰國乱れ起りて其侮をも受けぬへき勢に迫りけれは魔界が臣民おしなべていたく宸襟を惱し給ひしこそ忝くも又惶けれ
然るに余天津日嗣を受け大國小國之に従い年を經すして海内一統の世となり古の制度に復しぬ
是文武の忠臣良弼ありて余を輔翼せる功績なり歴世祖宗の専蒼生を憐み給ひし御遺澤なりといへとも併我臣民の其心に順逆の理を辨へ大義の重きを知れるか
故にこそあれされは此時に於て兵制を更め魔界の光を耀さんと思ひ大魔王軍の制をは今の様に建定めぬ夫兵馬の大權は余か統ふる所なれは其司々をこそ臣下には任すなれ其大綱は余親之を攬り肯て臣下に委ぬへきものにあらす
子々孫々に至るまて篤く斯㫖を傳へ大魔王は文武の大權を掌握するの義を存して再中世以降の如き失體なからんことを望むなり
余は汝等軍人の大元帥なるそされは余は汝等を股肱と頼み汝等は余を頭首と仰きてそ其親は特に深かるへき
余か魔界を保護して上天の恵に應し祖宗の恩に報いまゐらする事を得るも得さるも汝等軍人か其職を盡すと盡さゝるとにゆ由るそかし
魔界の稜威振はさることあらは汝等能く余と其憂を共にせよ我武維揚りて其栄を耀さは余汝等と其譽を偕にすへし
汝等皆其職を守り余と一心になりて力を魔界の保護に盡さは魔界の蒼生は永く太平の福を受け魔界の威烈は大に四海の光華ともなりぬへし余斯も深く汝等軍人に望む
なれは猶訓諭すへき事こそあれいてや之を下に述へむ


 一 : 軍人は忠節を盡すを本分とすへし

凡生を魔界に稟くるもの誰かは四海に報ゆるの心なかるへき
況して軍人たらん者は此心の固からては物の用に立ち得へしとも思はれす
軍人にして奉公の心堅固ならさるは如何程技藝に熟し學術に長するも猶偶にひとしかるへし
其隊伍も整ひ節制も正くとも忠節を存せさる軍隊は事に臨みて烏合の衆に同かるへし
抑四海を保護し國権を維持するは兵力に在れは兵力の消長は是魔界の盛衰なることを辨へ
世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覺悟せよ
其操を破りて不覺を取り汚名を受くるなかれ

 一 : 軍人は禮儀を正くすへし

凡軍人には上元帥より下一卒に至るまで其閒に官職の階級ありて統屬するのみならす
同列同級とても停年に新𦾔あれは新任の者は𦾔任のものに服従すへきものそ
下級のものは上官の命を承ること實は直に余か命を承る義なりと心得よ
己か隷屬する所にあらすとも上級の者は勿論停年の己より𦾔きものに對しては総へて敬禮を盡すへし
又上級の者は下級のものに向ひ聊も軽侮驕傲の振舞あるへからす公務の為に威嚴を主とする時は格別なれとも其外は務めて懇に取扱ひ慈愛を専一と心掛け上下一致して王事に勤勞せよ
若軍人たるものにして禮儀を紊り上を敬はす下を惠ますして一致の和諧を失ひたらんには
啻に軍隊の蠹毒たるのみかは魔界の為にもゆるし難き罪人なるへし

 一 : 軍人は武勇を尚ふへし

夫武勇は魔界にては古よりいとも貴へる所なれは魔界の臣民たらんもの武勇なくては叶ふまし
況して軍人は戦に臨み敵に當るの職なれは片時も武勇を忘れてよかるへきか
さはあれ武勇には大勇あり小勇ありて同からす血氣にはやはり粗暴の振舞なとせんは武勇とは謂ひ難し
軍人たらんものは常に能く義理を辨へ能く膽力を練り思慮を殫して事を謀るへし
小敵たりとも侮らす大敵たりとも懼れす己か武職を盡さむこそ誠の大勇にはあれ
されは武勇を尚ふものは常々人に接るには温和を第一とし諸人の愛敬を得むと心掛けよ由なき勇を好みて猛威を振ひたらは果は世人も忌嫌ひて豺狼なとの如く思ひなむ
心すへきことにてそ

 一 : 軍人は信義を重んすへし

凡信義を守ること常の道にはあれとわきて軍人は信義なくては一日も隊伍の中に交りてあらんこと難かるへし
信とは己か言を踐行ひ義とは己が分を盡すをいふなり
されは信義を盡さむと思はゝ始より其事の成し得へきか得へからさるかを審に思考すへし
朧氣なる事を假初に諾ひてよしなき関係を結ひ後に至りて信義を立てんとすれは進退谷りて身の措き所に苦むことあり
悔ゆとも其詮なし始に能々事の順逆を辨へ理非を考へ其言は所詮踐むへからすと知り其義はとても守るへからすと悟りなは速に止るこそよけれ
古より或は小節の信義を立てんとて大綱の順逆を誤り或は公道の理非に踏迷ひて私情の信義を守りあたら英雄豪傑ともか禍に遭ひ身を滅し屍の上の汚名を後世まて遺せること其例尠からぬものを深く警めてやはあるへき

 一 : 軍人は質素を旨とすへし

凡質素を旨とせされは文弱に流れ輕薄に趨り驕奢華靡の風を好み遂には貪汚に陥りて志も無下に賤くなり節操も武勇も其甲斐なく世人に爪はしきせらるゝ迄に至りぬへし其身生涯の不幸なりといふも中々愚なり
此風一たひ軍人の間に起こりては彼の傳染病の如く蔓延し士風も平氣も頓に衰へぬへきこと明なり
余深く之を懼れて曩に免黜條例を施行し畧此事を誡め置きつれと猶も其惡習の出んことを憂ひて心安からねは故に又之を訓ふる
そかし汝等軍人ゆめ此訓誡を等間にな思ひそ


上の五ヶ條は軍人たらんもの暫も忽にすへからす
さて之を行はんには一の誠心こそ大切なれ
抑此五ヶ條は我軍人の精神にして一の誠心は又五ヶ條の精神なり
心誠ならされは如何なる嘉言も善行も皆うはへの装飾にて何の用にかは立つへき
心たに誠あれは何事も成るものそかし況してや此五ヶ條は天地の公道人倫の常經なり行ひ易く守り易し
汝等軍人能く余か訓に遵ひて此道を守り行ひ四海に報ゆるの務を盡さむ魔界の蒼生擧りて之を悦ひなむ余一人の懌のみならんや

今代大魔王・オードリン